結論:4つの手法と副作用を対で把握してから動く
耐ヒートショック(HS)グレードには、エラストマー添加・高フィラー化+エラストマー添加・低異方性化・高分子量化といった複数の設計手法があります。実際のグレードでは、これらの手法が単独または組み合わせて使われることがあります。問題は「どれを選ぶか」だけでなく、「選んだ手法にどんな副作用が伴うか」を先に知っておくことにあります。採用後に流動性の変化・モールドデポジット・難燃認定厚みとの不整合といった問題が量産段階で顕在化するケースがあるからです。
4つの手法と副作用パターンを対で整理しておくことで、メーカーへの問い合わせ前に確認項目を準備でき、量産移行前のリスクを絞り込めるようになります。
割れメカニズムや残留ひずみ・発生ひずみの基礎についてはヒートショック割れの基礎で整理しています。本記事では、耐HSグレードの手法選択に必要な副作用パターンの把握に絞って解説します。
前提整理:耐HS割れと手法選択の出発点
ヒートショック(急激な温度変化の繰り返し)で樹脂部品が割れるのは、成形時に生じた残留ひずみと、温度変化のたびに発生するひずみが、割れ起点になりやすい部位で重なり合うためです。残留ひずみは成形収縮や金属インサートの拘束によって冷却時に生じ、発生ひずみは樹脂と金属の線膨張係数(CTE:温度変化に対する膨張・収縮の割合)の差によって生じます。線膨張差による繰り返しひずみだけでなく、残留ひずみの寄与も大きい点に注意が必要です。
金属(鉄・銅合金等)のCTEはおおむね10〜18×10⁻⁶/K程度ですが、GF強化PPSではフィラー量・配向によりMD(流動方向)とTD(直交方向)でCTEに差が生じます。東レ株式会社の公開技術資料によれば、強化PPSグレードのCTEはフィラー量・配向によりMD/TDで差が出ると説明されており、その差の大きさはグレード・温度範囲・測定条件によって異なります。
注意したいのは、「耐HSグレード」と一口に言っても、割れを防ぐメカニズムが複数あることです。残留ひずみを下げる設計対応と材料側の対策のどちらを優先するかという判断軸はヒートショック割れの基礎が詳しく扱っています。エラストマー添加やフィラー処方の設計の基礎についてはコンパウンドと処方設計の基礎が出発点になります。
温度変化試験の参照規格としてはIEC 60068-2-14(Test N:Change of temperature)が存在しますが、実務では温度上下限・サイクル数・保持時間がOEM仕様で個別に指定されることがあります。VW80000のようなOEM仕様書ではK-05 Temperature shockなどOEM独自の温度試験条件が設けられている事例があり、試験条件の確認はメーカー・Tier1との事前すり合わせが前提です。
4つの手法の仕組みと副作用

手法①:エラストマー添加型
エラストマー(ゴム状弾性体)を樹脂マトリックスに添加し、靱性を高めることでヒートショック時の繰り返しひずみを吸収・緩和する手法です。金属インサートと樹脂界面で生じるひずみを「逃がす」方向で対応します。耐HS性付与の手法としては最も一般的で、PPS-GF30+エラストマー添加が代表的な構成です。
高フィラー化型と比べてフィラー量が少ないため、ウエルド部の強度(溶着性)を確保しやすい点も特徴です。金属インサート部品ではウエルド部が割れ起点になりやすいため、手法を使い分ける際の判断材料になります。
流動性への影響は一律ではありません。東レ株式会社の公開技術資料(1mm厚スパイラルフロー値)では、エラストマー改良系として位置づけられるグレードの一部が標準GF系グレードと同等以上の流動性を示す例が確認されています。したがって「エラストマー添加型は必ず流動性が低下する」と断定するのは正確ではなく、グレード固有の配合設計次第という理解が適切です。
一方で、配合設計によってはモールドデポジット(成形中に揮発成分・添加剤が金型内面に堆積する現象)の発生頻度が上がる場合があります。また難燃性については、処方を変更した品ではUL Yellow Card(ULが材料ごとに発行する難燃認定情報)の認定厚みが変わる可能性があるため、エラストマー添加グレードを使用する際は個別確認が必要です。
手法②:高フィラー化+エラストマー添加型
GFにミネラル系フィラーなどを加えてフィラー総量を高め、CTE低減と寸法安定化を図りながらエラストマーで靱性を補う手法です。発生ひずみ側と残留ひずみ側の両方に作用する設計思想といえます。
東レ株式会社の公開グレード一覧では、エラストマー改質・GF+フィラー総量50%程度で、温度変化の繰り返しに対する耐性を特徴とするグレードが確認できます。また東ソー株式会社のPPS「サスティール®」では、GF+ミネラル系フィラー併用で高靱性・高流動・耐ヒートサイクル性・低反りを特徴とするグレード群が公開されており、複数のメーカーがこの手法を製品化していることが確認できます。
ここで重要なのは、フィラー総量を増やせばよいわけではない点です。フィラー量を増やすとCTE低減には有利に働く一方で、靱性・流動性・成形条件とのバランス確認が必要になります。そのため耐HSグレードでは、フィラー総量によるCTE低下とエラストマー添加による靱性向上のバランスを見ることが重要です。
流動性については、高流動設計の耐HS系グレードも実在するため「高フィラー化=必ず薄肉充填性が低下する」とは断定できません。狭い成形条件幅での生産や材料コスト増は配合設計によって程度が大きく異なるため、採用前にメーカーへ個別確認するのが実務上の基本です。
手法③:低異方性化型
フィラー形状の工夫によりMD/TD方向の収縮率差・CTE差を小さくし、発生ひずみそのものを低減する手法です。エラストマーを使わずに耐HS性を狙う処方も存在します。
日本電気硝子株式会社のINNOFIBER™(フラットガラスファイバー)の公式資料では、従来の円形断面GFに比べて成形材料の異方性を低減し、収縮率を下げ、反りを抑制できると説明されています。さらに、強化プラスチックス誌(70巻2号、2024年)掲載文献のJ-GLOBAL抄録では、PPSまたはPBTをマトリックス樹脂としたインサート射出成形試験片において、扁平断面ガラス繊維が温度変化の繰り返しに対する耐性を向上させたと整理されています。抄録では、TD方向の線膨張係数・収縮率の低減と、異方性低下が要因として示されています。
副作用としては、円形断面GFによる高強化処方と比べて強度・剛性の出方が変わる場合があることが挙げられます。また汎用的なGFではないため、供給面のリスクや調達体制も考慮する必要があります。MD/TD収縮率の発生メカニズムや流動解析・ゲート設計についてはGF強化材の異方性と設計上の注意点に詳細を委ねています。
手法④:高分子量化・高粘度化型
ベース樹脂の分子量を高め、溶融粘度を上昇させる設計手法です。分子鎖の絡み合いが増すことで靱性が改善する方向に作用し得ると考えられます。
この手法は、エラストマーを添加せずに高強度・高剛性を保ちたい場合の選択肢として位置づけられます。東レ株式会社の技術資料ではPPSの溶融粘度について分子量依存性が説明されており、MFRが小さいほど溶融粘度が高い傾向を示します。ただし実際の成形流動性は、非ニュートン性・せん断速度・製品形状・ゲート形状・成形温度・射出速度の影響を受けるため、MFRだけでは判断しきれません。副作用として流動性低下・成形条件範囲が広く取れない・薄肉充填不良リスクが挙げられるため、厚肉かつ比較的単純形状の部品での採用が現実的です。
低異方性化型のフィラー形状を理解する
低異方性化型の処方では、使用するフィラーの形状が耐HS効果の出方を左右します。円形断面GF・扁平断面GF・球状フィラー・板状鉱物の4種が代表例です。フィラー形状の選択が収縮率異方性にどう影響するかを知ることで、メーカー問い合わせ時の確認項目を増やせます。
円形断面GFは最もポピュラーな強化繊維で、強化効果は高い反面、GFがMD方向に配向するため異方性が大きくなります。これを基準として、他のフィラー形状が異方性をどう変えるかを把握するのが選定の入口です。
扁平断面GF(フラットGF・平板状ガラス繊維)は断面が扁平な強化繊維で、円形断面GFに比べてMD/TD収縮率差が小さくなる傾向があります。日本電気硝子のINNOFIBER™で公開されているように、PPS・PBTでの異方性低減・反り抑制に使われており、金属インサート部品における温度変化の繰り返しに対する耐性を向上させた事例が報告されています。
球状フィラー(ガラスビーズ等)は等方性フィラーであり、方向依存性を抑える設計候補になります。ただし繊維系に比べて補強効果は低く、引張強度・衝撃強度の設計値への影響に注意が必要です。板状鉱物(マイカ・タルク等)・ガラスフレークは、剛性付与や寸法安定性の調整に使われる候補です。ただし繊維系フィラーとは補強効果の出方が異なるため、引張強度・衝撃強度・成形性への影響を個別に確認する必要があります。フィラー種の影響は設計思想ベースでの理解にとどめ、採用時はメーカーの技術資料で実績を確認してください。

量産採用前に備える3つの論点
論点1:成形条件管理と成形委託先との合意
耐HSグレードへの切り替えは、MFR・溶融粘度・充填性のいずれかが標準グレードと変わることが多く、成形条件(シリンダー温度・射出速度・金型温度・保圧)の再検証が必要になります。高フィラー化・高粘度化型では成形条件の幅が狭まる場合があり、成形委託先との事前合意がなければ量産立ち上げ時のトラブルに直結します。モールドデポジットが懸念されるグレードでは、金型清掃頻度の目安をメーカーに確認しておくことも有効です。
論点2:難燃認定(Yellow Card)の継続性
グレードを変更した際は、元のグレードのYellow Card認定厚みをそのまま流用できません。耐HS処方グレードへ切り替えた際は新グレードのYellow CardをUL SolutionsのProduct iQで照合し、UL94 V-0認定厚みが設計要件を満たすかを確認するのが基本です。Yellow Cardの詳細な読み方は難燃グレードとUL94・Yellow Cardの確認で扱っています。
論点3:他要件との両立と調達体制
耐HS性を向上させたグレードが、温度変化による寸法変化・クリープ(長期荷重下の変形)・高温剛性・長期信頼性といった他の要件をどう変えるかも確認が必要です。選定した耐HSグレードが単一サプライヤーに依存しているリスクや調達リードタイムの変化も事前に把握しておくことが量産安定につながります。クリープについては別記事で扱う予定です。
どの手法でも要求を満たせない場合は、材料グレード変更だけで解決しようとしないことも重要です。インサートの角Rを大きくする、樹脂厚みを見直す、樹脂が収縮する距離を短くする、金属材料を見直すなど、設計側へ戻る選択肢もあります。耐HSグレードは有力な対策ですが、材料グレード変更だけで解決しない場合は、設計変更・樹脂変更・インサート形状変更を含めて再検討するのが実務的です。
用途別の選定早見表
以下のDecision Cardは、4つの手法の選定方向と備えるべき副作用論点をまとめたものです。耐HS付与の基本はエラストマー添加型で、まずこれを軸に検討し、CTE低減・高強度・寸法精度といった追加要件に応じて、他の手法を組み合わせるか切り替えるかを判断します。あくまで方向付けの目安であり、最終的な採用可否はメーカー個別グレードのTDS・Yellow Card・成形評価で確認してください。
標準的な金属インサート部品
- 条件
- 靱性改善を優先したい・ウエルド部や薄肉部がある
- 推奨(根拠)
- 手法①:エラストマー添加型。靱性向上により、ヒートショック時のひずみを吸収・緩和する。PPS-GF30+エラストマー添加が代表的
- 注意
- 流動性・モールドデポジット・難燃認定厚みはグレードごとに確認する
大きな金属インサートを持つ部品
- 条件
- 温度変化時の発生ひずみを小さくしたい・インサート拘束が大きい・複雑なインサート形状
- 推奨(根拠)
- 手法②:高フィラー化+エラストマー添加型。エラストマー添加にフィラー増を加え、CTE低減と靱性付与を両立する
- 注意
- フィラー増による薄肉充填性・ウエルド強度・成形条件幅・コストへの影響を確認する。「高フィラー=必ず充填性低下」とは断定できないが、採用前に個別確認が必要
寸法安定性・反り抑制を特に重視する部品
- 条件
- MD/TD差を抑えたい・反りを抑えたい
- 推奨(根拠)
- 手法③:低異方性化型。フィラー形状の工夫により収縮率差・CTE差を小さくする
- 注意
- 強度・剛性を確認する。また汎用的なGFではないため、供給面のリスクや調達体制も考慮が必要
高強度・高剛性を保ちたい部品
- 条件
- 高強度・高剛性を維持したい・エラストマー添加を避けたい・厚肉で流動性に余裕がある
- 推奨(根拠)
- 手法④:高分子量化・高粘度化型。エラストマーを添加せずに靱性改善を狙う選択肢
- 注意
- 流動性低下・成形条件範囲の狭まり・薄肉充填不良リスクを確認する。厚肉・単純形状向き
このカードは傾向を整理したものです。グレード固有の特性はメーカーへの問い合わせ時に確認項目(採用手法・難燃両立可否・MFRとスパイラルフロー・Yellow Card認定厚み)を用意した上で照合することを推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 耐HSグレードに変えれば設計変更は不要ですか?
材料変更だけで割れが解消するとは限りません。ヒートショックは形状因子の影響も大きいため、設計変更との組み合わせが必要になります。割れ発生メカニズムの詳細と対策の振り分け方はヒートショック割れの基礎で整理しています。
Q2. 4つの手法はどう使い分ければよいですか?
耐HS性付与の手法として最も一般的なのはエラストマーが添加されているグレードです。大きい金属インサートでCTE低減も求める場合は、エラストマー添加に高フィラー化を組み合わせます。エラストマーを入れずに高強度・高剛性を保ちたい場合は高分子量化・高粘度化型、寸法精度や反り抑制を特に重視する場合は低異方性化型が選択肢になります。ただし低異方性化型は市場でのグレードが多くないため、供給リスクを十分に確認したうえで選択します。実際には複数の手法を組み合わせた処方も多いため、決定木のように順番に絞り込むよりも、自部品の制約条件に合わない副作用を先に洗い出すことが実務的です。
Q3. 高粘度グレードは耐HS用途で必ず有利ですか?
必ず有利とは言えません。高分子量化・高粘度化は靱性改善に寄与する設計要素になり得ますが、高粘度化による形状制約に注意が必要です。溶融粘度が高くなると薄肉充填性や成形条件範囲が課題になる場合があります。採用候補ではMFRだけでなく、スパイラルフロー値や実成形での薄肉充填性をメーカーに確認することが出発点です。
Q4. 難燃のYellow Cardはどこで確認すればよいですか?
UL SolutionsのProduct iQから最新の認定情報(グレード・色・厚みごとのUL94認定)を確認できます。処方変更・グレード変更後は元グレードのYellow Cardが流用できないため、新グレードの認定厚みを設計要件と照合する必要があります。Yellow Cardの詳細な読み方と認定厚みの扱いは難燃グレードとUL94・Yellow Cardの確認でまとめています。
Q5. CAEで耐HS寿命を予測できますか?
CAEは、耐HS寿命を絶対値で保証する道具というより、割れ起点候補やひずみが集中しやすい部位を相対比較するための道具です。繊維配向解析・CTE分布・熱変形解析を組み合わせることで、インサートまわりのリスクが高い位置を可視化できます。ただし解析精度はフィラー配向モデル・材料物性データ(温度依存CTE・粘弾性特性等)・境界条件に依存します。材料グレードを変更する際は、メーカーへの物性データ提供依頼がセットになります。流動解析とゲート設計との関係についてはGF強化材の異方性と設計上の注意点も参照してください。
Q6. PPS以外の樹脂(PA66・PBTなど)でも同じ考え方は使えますか?
低異方性化型については、日本電気硝子のINNOFIBER™が対応樹脂系としてPA66・PBT・PC・PPも挙げており、扁平断面GFによる異方性低減の考え方は複数の樹脂系に適用可能と考えられます。一方で、エラストマー添加・高フィラー化・高分子量化の効き方は樹脂系やグレード設計によって変わるため、採用検討時はメーカーへの個別確認が前提です。
まとめ
耐HSグレードの4つの手法(エラストマー添加・高フィラー化+エラストマー添加・低異方性化・高分子量化)はそれぞれ異なる副作用パターンを持ちます。「耐HSグレードに変えれば解決」ではなく、手法と副作用を対で把握した上で量産採用の準備を進める、というのがこの記事を通じて伝えたかった軸です。
耐HSグレードの背反——モールドデポジット・成形性・難燃認定厚みは、カタログから読み取りにくい情報です。整理の流れとしては、まず自部品の要件(金属インサート種類・温度範囲・サイクル数・許容変形量・難燃認定要否)を明確にし、4つの手法のどれが制約条件に合うかを絞り込みます。その上でメーカーへの問い合わせ時に確認項目(採用手法・難燃両立可否・MFR・スパイラルフロー・Yellow Card認定厚み)を用意し、照合するのが実務的な進め方です。本記事の副作用カードを表現した図とDecision Cardは、その絞り込みの起点として使えます。
割れメカニズムの基礎と設計対応との振り分けはヒートショック割れの基礎、処方設計の基礎はコンパウンドと処方設計の基礎、難燃Yellow Cardの詳細は難燃グレードとUL94・Yellow Cardの確認、MD/TD収縮率とゲート設計はGF強化材の異方性と設計上の注意点で扱っています。
関連する考え方として、材料選定のトレードオフ全体像では材料選定時の背反を、材料側と設計側の切り分けでは材料変更と設計変更の役割分担を整理しています。
参考資料
- PPS樹脂トレリナ™ 線膨張係数, 東レ. リンク
- PPS樹脂トレリナ™ 溶融粘度・流動性, 東レ. リンク
- PPS樹脂トレリナ™ グレード, 東レ. リンク
- IEC 60068-2-14:2023 Environmental testing – Part 2-14: Tests – Test N: Change of temperature, IEC. リンク
- Volkswagen VW80000, TÜV SÜD. リンク
- INNOFIBER™ Flat Glass Fiber, 日本電気硝子. リンク
- UL Solutions Yellow Card Plastics Recognition Program, UL Solutions. リンク
- PPS(サスティール®), 東ソー株式会社. リンク



